3歳

夏子さんの子供は、3歳の誕生日を迎えるまで、散髪が要らなかった。産まれてから、なかなか髪が生えなかったのだ。初めての子供だったので、そんなものかと、夏子さんは心配もしなかった。

写真を見せてもらったことがある。フリフリのワンピースを着せられているのに、頭がつるつるなので、まるで男の子のようだった。

45歳

夏子さんの子供は、45歳のとき乳がんになった。そういえば性別を聞いていなかった私は、子供が女の子であったかと、そのとき知った。

彼女は最初、胸を切ることを承諾せず、担当医は彼女が首を縦に振るまで、3時間がんばった。

「あれは親にはできない説得だったわ。」同席して、目の前で医師と娘のやりとりを、黙って見ていた夏子さんの、この話の『しめ』の文句である。

「なるほど。」私はいつも通り、うなった。

出会い

夏子さんと私は、短歌の会で知り合った。お互い60代が近くなっていた。

いつからそんな話をするほど懇意になったのか。夏子さんはよく、子供の話をした。念願の妊娠であったという。

最初は聞いてもひらめかなくて、何の話だったかと戸惑ったが、いつも冒頭が「なかなかできなかったのよ」なので、もう何が始まるのか覚えてしまった。

そのときどきで、子供が3つのときであったり、もう成人してからのことであったりした。独身で、子供もいない私は、経験がないから想像しては、「なるほど」と相槌を打った。

実際、興味深い話であった。

序章

会わなくても目に浮かべ、すぐ想像することができる。野球場の外野席で、なりふりかまわず大好きな選手に声援を送るおばあさん。頭に応援するチームのキャップを被り、もちろんユニフォームも着ていることだろう。

隣には、母親が年甲斐もなく興奮しすぎて、倒れるのではないかと心配する娘の姿。彼女は、もう中年でいい年のおばさんになっている。母親を気遣って、野球観戦どころではないだろう。